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8月の友人の訃報

8月の友人の訃報

“良くなかった体調が元に戻るだけで異常にパワーがみなぎってくる感じがしますね。

前回、先月の初旬にこうブログで書いてからまた同じ様なタイミングで書いています。

そんなしょっちゅう熱出すタイプではなかったんですけどね。

 

いろいろ備忘録に書いておきたいこともあったのですが、

どうしてもその前に頭をよぎることがあり、

時間が少し経ったのと触れておくことで整理をつけておきたいので、

ここでその内容を書かせていただくのですが、

自分にとって親友であり、自分の人生の軸・根幹に影響を与える数少ない私の友人が先月亡くなりました。

最近は彼とも距離が近く、1週間に一度は会い、仕事やプライベートで一緒にいたので、

彼の突然の訃報にほんの数日前に「おもろいなあ」ゆうて互いに仕事をしながら

いつも通りの彼独特の屈託のない満面のえびす顔を見ていたのでなんの実感も湧きませんでした。

 

中学生の頃の同級生で同じサッカー部やったんですが、

当時は常にぶつかってましたし、仲は良くありませんでした。

ただ、大学生の頃に再会し、また彼が事業を独立したタイミングでみるみる人間に磨きがかかっていく彼に、

いつもプラスのパワーをもらっていました。

 

困難な環境で必死にもがいてもがいて、苦しい思いをいっぱいして、

人にいいにくい相談の時も正論ではなく、「俺もその経験ある」その一言が言えてしまう、

苦しさを知っているからこそ「困った時はお互い様やw」で手を貸してくれる。

成功したからではなくて、いっぱい苦しい経験をしたからこそ、

その分人に優しくなれたし、強くなり、寧ろ彼はその役を担えることをとても喜んでくれました。

 

書きながら改めて彼の凄さを思い知っているところです。

彼の生き様をしっかりと思い出すことは、これからも私自身の力になると確信できます。

共互いに確かめ合ったこと。共感したことなどは自分の軸・根幹部分なので忘れようのないことなのですが、

印象的だったのは彼の訃報知らせとお通夜のことでした。

 

お通夜では会場の何倍かの同世代の人たちが集まっていました。

その時にふと「ああ、彼は俺だけでなく多くの人にそうやって接してきたんやなあ。」

エピソードもいくつか知ってるし、そういった現場も見てるし、

彼の性格からすれば当たり前のことながら自然と実感として沸き起こりました。

今思えば大勢の人、一人一人が真摯に彼との、彼への思いを巡らせている表情だったからそう感じたのでしょう。

 

これがなにかすごい記録の持ち主やったら、

どこかの大きな事業や会社をしている人、もしくは役職の人やったら、

すごいお金持ちやったら、

では集めることができても心は伴わんやろうなぁ。

 

彼は一つの身体で多くの人に与えることが強い心でもってできたんやろうなあ。

個人的に感じた彼への心強さは、自分だけでなく多くの人も感じたのだとすれば、

それは彼の人としての計り知れないほどの凄まじい強さだったのではないかと思います。

 

あ〜最初にちょっと触れてあほなのりでいつものブログ書こうとは思っていたんですが、

彼について書くには簡単すぎる気もしますけど、

書き出すととりとめもなくなりそうなので一旦ここまでにしておきます。
彼のさいごの方はけっこう言うことや考えていることが達観しまくってたくらいなので、

今やつやったらどう考えるかな、と想像するとけっこう簡単に答えが返ってきます。

想像ですけどこれからちょいちょいやつと話していきます。

 

自分の人生もどこかで有限なはず。

死後の世界を信じるも信じないもどちらもないけど、また会えるなら続きを話すで。

ご冥福をお祈りします。”