hideyukiblog | いろいろやめます。ジム勤務も辞めます^o^
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いろいろやめます。ジム勤務も辞めます^o^

いろいろやめます。ジム勤務も辞めます^o^

たった今、時間の合間に、また、生活費のために働かせてもらっていた地元のジムに退職をお願いしました。

そういえば退職の意志をしっかりと伝えるのは自分の新卒で入社した会社を退職した以来だと気づきました。

辞めんでもええ状態で辞めるというのは面倒臭がりで別れが苦手な自分にとっては少し感傷的になりやす。

ええ職場で同僚にもお客さんにも恵まれました。

自分はもともとジムの利用者で、また利用者に戻るだけみなさんとの関係はゆうて続きますから、

特に重くは捉えていませんが。

 

ほんで他に生活費を稼いでいたのが、東京での民泊。

自分が上京したときの宿泊先が欲しくて運営をしていましたが、それも辞めます。

 

きっかけはなんやろうなあと考えると

いくつかの要因が自分の中で重なってきていることに気付かされます。

だとしても、この判断は去年でも一昨年でもできたはずですが、

今になったんやなあ。と自分で今更ながら思います。

 

ジムでは健康やメンタル面での大きな発見と、おおげさにいうと体や生物の可能性をいろいろ学べて刺激的だった。

トレーニングを定期的にする人なら共感してもらえるはず。

それに、シンガポールから東京にいって、

それから地元に戻ってから仕事もできていなかったころに、

始めたジムの仕事で久しぶりに「ありがとう」と言ってもらえた感動は今でも忘れられない。

その頃は本当に比喩ではなく100円を手に握りしめていた。

10円を握りしめるほどではなかったけれど、何枚あるかは常に確認していた。

 

その頃のストレスは人生でもトップ3には入るほどだったと思う。

レールにのって会社を辞める決断する時もかなり大変だった、

それとは種類は違えど遥かに暗然たる身動きの重さを不自由さ感じる時期だった。

それは単に自分の問題やけれど、ここらへんの話はまたいつかするとして。

 

その頃に自分が以前に利用者で使ったことのある地元の市営ジムで働かせてもらい、

東京で触れたIT業界とは全く違った人たち、年齢幅も大きく高校生から高齢者まで、

いろんな考え方に触れ、

当時流行っていたWEBサービスを知っているどころかgoogleという言葉もぎりぎり知っている人たち、

ITやベンチャーで世界を変えると息巻いていた人たちが、どこか限られた人たちの中で利用され試され、

隔離された世界で資金調達や買収を行なっているようにふと感じたのも3年前ほど前。

ちなみにITが世界を変えられないといっているわけではなく、

当時はもっとロマンチックに資金調達や買収の話が華々しく毎日ニュースになっていて、

ヒーローが毎日生まれていたのに地元の一般の人はそれを誰も知らないし利用もしない。

ターゲットでもないので利用者にもなり得ないのだけれど、

シンガポールから戻った東京で、一時期ITベンチャー企業や業界に身を置いた自分が思うほど、

WEBサービスやITが一般的に認知されていないことにとても驚いた。

 

また大事な気づきにお金も大事な資産やけれど、体や健康というのが大切な資産であるということ。

当時の自分も含めて大切な、恵まれた資産であることに気づけている人はそう多くないように思った。

体と精神面とは相関性もあるにも関わらず。

 

当時は仕事も生活もうまくできていなかったとはいえ、

理念・信念や事業上で修羅場を迎えているわけではなく、

ただそんな時のための体力や自分と向き合うためにダイエットと同時にトレーニングに打ち込んだ。

勤務外でお客さんのいない時に研修として使わせてもらっていた。

当時はジムに通うなんて、そこに向かう移動だけでも面倒だった自分にとって、

ジムに通うお金もなければ働くくらいの強制力でしか、通わないだろうという目論見でもあった。

会社を辞めてシンガポールに行き、自分の道を歩んできたつもりでも、

本当の意味で自立した考えを持つようになってきたのはこの頃だったと思う。

それまでは他人の評価の中に生き、どこかで聞いたことのある。若くはよくあるストーリーに自分を重ね、

それを理想像としていた節がある。

 

それで時間が流れて仕事にも慣れ、

街を歩いてると何人かのお客さんともあって挨拶したり、

生活費が入ってくるようになると、それとサッカーとフットサルと、

本音で語れる友人がいて、やりがいのある仕事と遊べて居心地がどんどんよくなった。

事業を作るという点では常にその試行錯誤は続けているものの、

本当に打ち込めるかは時間とお金を持っている方が効率がよい。

そんな当たり前のことに今更ながら思い当たる。

 

けれど疑念だけでは辞めるまでには至っていなかった。

誰かを雇って任せれば良い仕事も雑務も含めて自分でやっていた。

そんな働きぶりや自由さに身近なごくごく一部の親友には理解されつつも、

先輩などからはよく叱咤激励をされていたが、

価値観の違いに内心説明する気にならなければ、

自分に対しての愛情表現を頂いていると飲み込みつつも、右から左に流していた。

いろんな価値観があるから押し付けてくる人とぶつかってもしょうがない。

なんて頑固な自分のことを知ってる人が聞くと驚くようなことを考えていたりする。

いえ、全然人間ができてないのでイライラするけど前ほどでない。とだけのレベル。。

 

この時期に培った価値観は人から教わったことや、以前のブログにも書いたように友人の死であったり、

自分の体験も含め、自分にとっての人生の質を決めるいくつかの学びを得た。

 

ただ同時に今の自分に最も欠けているものはこれかもしれないなあと、

ふと今月に入ってから頭から離れなくなった。

 

と、ジム辞めました。有難うございました。的なことを軽く書くつもりが回顧録みたいな感じになってますね。

きっと自分の中ではそれだけ大切な場所だったのかもしれません。

覚えていれば次に今の自分に欠けていると感じるものについて書こうと思います。