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今の自分に最も欠けているもの

今の自分に最も欠けているもの

信頼できる。ユニクロのストレッチパンツ。

足の太い人ははいてみてください。デニムやチノパンでしゃがめる感動。

頭の固定概念が壊れて脳天が開いた感じがしました。

外出先で靴紐が結べる嬉しさは足の太い経験をした人なら理解してくれるはず。

おすすめです。

最近気候がええですな。

心地よい涼しさで、こんな気候がずっと続くエリアがないかと探してみると

四季のない赤道近くで標高が2000M以上あるとずっとこんな感じらしいです。

メキシコとかチリとかチベットとかボリビアなど。

で、前回書いた続きなんですがもうだらだら書きます。

「最も欠けているもの」なんて少し重めのテーマになってしまったんですが、

まだ頭の中に残ってますし忘れないでおきたい気持ちもある部分です。

ただ一言だけお断りしておきたいことがあります。

前回書いたブログが普段お会いしている方々にも読まれていて、

反響を直接いただくこともあったんですが。

なんか意味深でいろんな経験をしたかのような思わせぶりな感じがあったようで、

共感の言葉やポジティブな意見をもらった時に

驚きと強烈に反省をしました。

私自身は全然大したこと経験してないんで、もし今後読まれることがあっても適当に

薄っぺらくさらっ流してください。

 

んで。

これはやっぱいるやろうなぁ。

と思うことについて。

 

まず最初に、

筋トレの一番の基礎ともいえるのが、

体が刺激に対して反応する。のを利用する。

うわやばっ!と危険を察知するとそこに栄養分を集中的に流したり吸収するもんで、

筋肉がつくわけ。

筋トレしてない人でさえもほぼ全員に重力がかかっているので、

自分の体重という少なくとも数十キロはある物体を動かす歩いたり走ったりするための筋肉はあるわけで、

より余分な負荷をかけることが健康的に重力があっても楽に過ごせる秘訣であり、

もっといえばそれぞれの目的別にマッチョになったり各スポーツにおけるパフォーマンスを向上させることができる。

という個人的な理解でいる。

実際がんばってね〜ゆうて私たちが見送った宇宙飛行士が帰って来るころには体重が減って

地上で立てずにいる姿を見たことはあるはず、

その前提で、人間の体の反射を観察することで、他のことにもあてはまることが多いなあと思うので、

例えとして用いるが、筋トレを必要以上毛嫌いする必要はないよってことと、

自分は決してハードトレーニーではぬわい。

 

で、例えば脚とか胸とかって場所を決めたらあとは、

そこに刺激を入れればよいだけなので、トレーニングの基礎をして効果が出ない方が難しい。

それだけ単純だと思ってる。

(実際効果が出なさそうな動きをしてる人も多いけど)

(そして筋トレについて熱く語りすぎているに気づきつつももっと書きたい衝動を抑えつつ)

(筋トレの熱意ってよりかは、)

(筋トレへの理解なく接骨院とかマッサージばっか行ってる人はほんま効率わるいなあとおもっている)

(偏った筋トレへの理解が気持ち悪いだけ。モデルや女優でさえやってるし。)

(この括弧つきで話すことを最後として本題にもどる。)

括弧おわり。

完全に脱線してしまった。

最後の方は一生懸命括弧で封印していってなんとか終わった。

これからも体の反応については用いていくので触れておきたったのだと思う。

 

で、刺激の入れ方で一番大事なものをめっちゃ簡単にいってまうと

「重さ」

40キロでこなせる人が、同じ回数を50キロできるなら、

刺激は50キロの方が大きい。

そのうち60キロでできるようになるので、重くすると行った具合。

人間がその刺激や必要性に応じて成長していく。

で、ジムにいるときに一生懸命マシーンでトレーニングしてる人に声をかける。

「あちらではされてますか?」

とフリーウェイトゾーンを指して言う。

重りの軌道が確保されたマシーンではなくバーベルに重りを付けるだけの武骨なエリアだ。

力自慢の人も多く、自分も最初は入りづらい経験をしていたので、

よくそこに一緒にお客さんとトレーニングをした。

その方が本人の目指す体を効率的に実現できると思えたし、

フィジカルやメンタルの変わっていくお客さんを見て自分自身が楽しいと思えたから。

 

重りという刺激で成長するってのはなんでも当てはまるのではないか、

この人すんげ〜なあ〜って人は幾重もの修羅場を乗り越えてたり。

成長させたい部下がいれば「責任」や「リスク」という重りを負わせる(一緒に負う)。

閉じこもっていた世界から新しい場所へいく。などなど。

 

そんなとき、先月東京に行って今でもよく連絡をとる同級生や前いた会社の同期など久々に会うと、

たまたまとはいえそれぞれが経済的には恵まれた状態にあった。

何もない創業期に数千万円の借金背負って始めた時期も知ってるし、

常に新しい事業を従業員を雇いつつ挑戦してる友人たちだった。

その内の一人が別れ際にこんな質問をした

「株式会社にしないの?」

そのあとのやりとりはあまり覚えてないのだけれど、

本当に本人の率直で素朴な質問として聞かれたのが印象として残った。

前回にも少し触れたように常識に生きて、常識で言われる分には右から左へ流すだけ。

でもこの友人たちが負ってきた苦労や経験の話を聞いてると一定の重りがないと得られない筋力と同じで、

しっかりと彼らは重りをもって経験と力に変えてきたんだなあと思っていたところだった。

自分が受け取ったのは正しいのは法人成りだぜということではなく。

自分がジムでお客さんへ勧める前に聞いていたように、

「フリーウェイトゾーンでやらないんですか?」

というような質問だったと感じている。それくらい素朴な感じだった。

 

そうやなあ。少しずつでも負荷をかけていこう。

今の自分に欠けているのはこれやろうなあ。

これも今に始まった話ちゃうはずやねんけど。

むしろ重量が欲しくて欲しくてたまらなかったときもあるのに、

ただその時と今とでは感覚が違っていて、

前よりかはすこしだけ近視眼的にならず、

失敗や試行錯誤や愚かなことはいっぱいするだろうけど、

すこしは自分の目で見て判断できそう。

 

負荷の掛け方もいろいろあるので、

例えば過去に確実にプラスだったといえるものでいえば、

会社を辞めて、仕事もなく英語もできずにシンガポールへ行ったこと。

必死やった。

成長の為に負荷や重りをかけるってのは正論なんやけど、わかってても意外としない場合がある。

最近しみじみとシンガポールに環境を身を置くのも大事やけど、

退路を経つ行為は会社を辞めることも意味合としてとても大きかったのだろう思う。

きっと今後どれだけ満足できる状態であっても、(むしろ満足している状態の方が)

今現在の自分自身では見えない透明の鎖がぶっとかったりか細く自分胸骨から何かに繋がっているのだとおもう。

まず胸の前に両手で握りこぶしを作って引きちぎって行く作業も必要な気がする。

最初会社を辞める時は必死に硬く強固な太い鎖が繋がっていて

引きちぎりたいけど太くて強固な分鎖より先に内臓をぶちまけそうで

力任せにいきたいけど頭では拒否してしまうような葛藤と戦いながら、

一生懸命になって引きちぎる必要があった。

今回は自分の仕事の進めかたを少しずつ変えていって、

その過程の一つがお世話になっていたジムを辞めることだった。

内外の環境を変えていってその変化を楽しんでいきたいと思う。