ネットで話題になっていた小説。
国際情勢を分析し解説をする人が興味深いといっていたので興味を持った。
もともと本はあまり読まないし特に小説には手を出さないが、ドラマや映画ではクライムサスペンス系のものが好き。フィクションだとしても登場する組織や世界の実情、ツールや所作など軍事に詳しくない自分でも知識にはならないもののエンターテイメントを通じて体験することができるしハラハラドキドキ感がある。でもそう感じられる作品。フィクションの中でも真実に迫るような作品というのはそう多くはない。そこそこに映画ドラマが好きな人なら「そうはならんやろ」的なヒロイックな主人公が暴れたり、普段メディアで言われてる範囲のものしかない既視感満載のものの中から探す必要がある。
良いドラマがないなあと思っていたことと、以前からあまりに軍事関連のことに無知であることと、中国覇権説がいまいちピンと来ていない自分にとってこの小説はちょうどよかった。米中戦争が起きるような世界での軍事やパワーバランスまた、将来の技術などなど、未来のストーリーに現実味を帯びさせるためには今現時点で将来に重要視されているものを描くことが必要になってくる。普段受け身のニュースを見てるだけでは決して分かりづらい。というよりも情報量は圧倒的に他のスキャンダルニュースなどと比べて少なく一部の知識人には理解されても我々一般人ではほぼ得られない。自分の場合は偶発的にその情報に触れることがあってもリテラシーが育たずに低いままで全然頭に入っていないのが気になってはいたがずっと後回しになっていた。
息抜きのためのエンターテイメントの枯渇やテーマのほかに、この本に興味をもった理由が監修者にある。著者自身も従軍経験があり、フィクションだけではくノンフィクションも手掛けるなど、監修者はジェイムズ・スタヴリディス。アメリカ海軍の大将を7年勤めあげる。大将はその軍の最も高い階級の一つ。
ジェイムズ・スタヴリディス Admiral James Stavridis
1955年生まれ。アナポリス海軍兵学校を卒業後、海軍へ入隊。複数の駆逐艦や空母打撃群の指揮を執り、7年にわたり海軍大将を務める。
2009年にNATO(北大西洋条約機構)欧州連合軍最高司令官。2013年より5年間タフツ大学フレッチャースクール学長を務めた。
「第二次世界大戦以降、米海軍でもっとも頭脳明晰であり、もっとも優れた戦略家」ともいわれている。
著書に『海の地政学』(早川書房)などがある。
ほか、今まさに火中のNATO(北大西洋条約機構)欧州連合軍最高司令官を務めていた過去や現在ではカーライルグループの副会長兼マネージングディレクターを務めているそうで、ものすごい経歴が彼のwikiに並ぶ。
彼の立場に加えて彼の所属する組織のポジショントークがあるにせよ、過去も現在も重要なポストを任せられる信頼を獲得しその実務に当たってきた人はどんな世界を見ているのか。また以前に地政学入門を学んだ時に目から鱗でその単純さと重要さに驚いたのだが、実務を通じて海の地政学を執筆しているあたり今回の小説の最初の舞台が南シナ海であることからそのようなエッセンスは間違いなく含まれているだろうし、日本に住む身としてもどのように描かれてるかを知りたかった。
ここからは内容にも触れるので注意。
読んだ感想
「戦争になったらどうなるか」がまさに描かれていた。
米中関係は緊張関係にあった。その中で南シナ会で船籍不明の炎上するトロール船に出くわすあたりから、日常の軍務から一気に深い霧に包まれてしまう。最先端技術が戦闘機を含めた兵器に使用されている世界で各地のアメリカの戦艦や戦闘機の通信が途絶え孤立してしまう。戦闘機にいたっては操縦権も何者かに奪われ。あまりの異常事態に本人はもちろんのこと本部も状況が把握できない。限られた情報しかない上に用意周到な先手を取られて完全に後手に回り続けるしかないアメリカ。
本土の電気も止められて。インターネットや通信も切断される。仕掛けた相手がわからないが米大統領が戦略核兵器発射管制部署と交信ができなくなれば自動的に戦略核攻撃が開始される決まりになっており、それを避ける目的で一部限定的に通信は可能にしておくなどの意図をもって攻撃していた。
現状分析や把握はもともとが難しいものではあるが、この国の存在や多くの人の命に関わるような争いにおいても仕掛ける側と仕掛けられる側とのやりとりではその緊張感が桁違いだった。
そしてその当事者国同士の争いのエスカレーションを望む他の国存在にもまた戦争のリアリティを感じた。タイトルにもあるようにテーマは米中戦争であるが、戦争の規模が大きく同盟国やその他の国の思惑も複雑に絡み合うので予測が難しい。戦争が後戻りできない破滅の道を歩む契機が実は敵対する当事者国同士ではなく、漁夫の利を狙う国の工作によって引き起こされる様が描かれる。
たしかに。。情報が限られてパニック状態にならざるを得ない状況で、敵対する国が動機も明らかになったあたりで攻撃されれば、普通に考えると目の前の敵国がやったとしか考えられない。この描写も深く印象に残った。戦争を避けたいと願うならそのような工作の存在に対しての耐性を高める必要があろうし、戦争のきっかけは敵国の場合もあればそれ以外の場合もあるということ。それ以外という中にはあくまで可能性の話で第三国はもちろんのこと、自国も含まれるだろうし国ではない場合などがあり得てしまう。
現に現在の国内外の紛争では当事者以外の代理戦争という見方は一般的であるし、白黒はっきりしないまでもグレーなものを含めた内外の干渉はもはや基本的と考えても良いだろう。それが大戦のような規模でも行われかねないし、かつての大戦にもそれと似た契機があったのではと考えてしまうほどに蓋然性を感じる描写だった。
覇権国家の象徴であり根拠となるはずの兵器がハッキングによって支配下になくなる。情報のインフラを作ってるところが知らないうちに他国に抜きん出られるのは難しい話ではないかとは思ったけれど、それ以外にもアメリカは中国製のハードウェアを排除し、中国ではもともと自国のインターネットサービスを扱い検閲されているのは以前から行われているが、最近では2年以内に海外製のパソコンやOSも排除命令がこのゴールデンウイーク明けに出たらしい。日本ではデバイスやインターネットサービスが安全保障の観点で語られることはあまり無い。
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2022-05-06/RBFW5DT1UM0Y01
アメリカのインターネット技術を日本に広めたIIJ鈴木氏は最近の日経新聞でこう触れている。
覇権政策の根幹をなすのが、金融と情報におけるプラットフォームを米国がつくり上げ、世界に対し、そのプラットフォームを供給することであった。
「そもそもが「覇権をとる」ためのITである 鈴木幸一IIJ会長」
https://www.nikkei.com/nkd/company/article/?DisplayType=1&ng=DGXMZO47611930S9A720C1000000&scode=3774
以前たまたまIIJの特集されていたのを見た時に創業時にもインターネットを普及させる将来を描いた際に単に技術に注目したというよりも、上記のような政治的な観点から商機を見出し確信を持って事業を進めていたことが印象的だった。
- 日本はインターネットサービスもデバイスも海外製で、考えてもみれば経営指南や金融、例えば企業の安全管理の分野においても外資系の企業がブレーンをなし「世界的ブランド」の名のもとで責任転嫁が望まれる。それが当たり前に思っていた身としてはアメリカや中国が安全保障や経済の観点から国産に拘ってる脳的役割や手足になる部分は自分は聞いたことがないし、それで危険にさらされている心臓部サイバーセキュリティー分野でも同じ現象が見られる。今書いていてあれ。なんか過激なこと書きすぎか?呑みすぎか?誇張しすぎてるんか?と何度か自問自答したけれど小説ではなく現実に米中が実際に行なっていることのレベルでは日本がしていないことは確かだし、世界的権威の名の下に重要な経営事業判断を阿る市場は存在し、市井の人々の間でもそのような「外資系企業」の華々しさと年収の高さは眺望の的にある。自分の所持品や利用するサービス、周りの人の商品を見ても誇張ではないむしろ礼賛されている日常がある。
以前から知ってたつもりだったけど、世界戦争のイニシアチブの主戦場がサイバー空間で、んなゆうて小説でっしゃろ〜と思ってても大真面目にインターネットサービスの切り分けやデバイス・ハードウェア・OS分野などあらゆるレイヤーで少なくない予算や期間などのリソースを代償に対策を「実行」されている現実を振り返ると。あれ??と狐につままれた思いになる自分がいる。なんというか、それらの国にならって頑張ってるけどできないとかそういうレベルではなく、そんなこと知らないし、むしろ全力で逆行してる様に見えるのがそうさせるのだろう。
小説の内容から逸れてしまったけれど背景と日本の現状という点ではそこまでずれすぎてはないはず。
小説に戻すと多くの人が命を失われていく中で行われる外国との交渉や、核兵器が実際に使われた戦争はどんなものになるのか、そしてその結末とは。核兵器でも戦略核と戦術核とに分かれ規模によって使い分けれているのも日本には馴染みがないが、知ってからだとメディアでも耳にすることがあったので世界情勢をみるのに役立つこともありそう。核兵器を含めた攻撃が破壊を目的とする以外に報復やメッセージを込めるあたり戦争が外交に含まれているのもよくわかる。他者の推薦や監修者の経歴に引かれて読んだ本だけれどブログを書くに当たって過去の経歴だけでなく現在の経歴を知るとまた一層シナリオとしての重みを感じる。
迫力満点で先が知りたくて積極的に手にとる自分がいた。自分のように軍事に詳しくない人はある程度読み飛ばしても良いと思う。前半で軍艦名や固有名詞などについていけなくなってつらくなったけれど大まかに流れを把握するだけでも十分楽しめる。起きてはいけない戦争のトリガーが敵国や自国内、時代背景や第三国、同盟関係様々な要因が複雑に絡み合うあたりが臨場感を高められ、近い将来のパワーバランスには疑問がまだ正直拭えないところもあるけれど(小説では変わった未来が舞台であってなぜどのように変わったかは触れられていない)もともと手に取る前の期待にも応えてくれた。刺激のあるドラマを欲してる人にもおすすめできる。